「ウルトラシリーズ」
民放連の前会長・山西由之TBS社長が編成部長のとき「ウルトラ」シリーズの元祖「ウルトラQ」が誕生した。
山西さんは、その経緯をこう書いています。
「映画界とテレビ界の共存が言葉だけで、実践されてない当時(昭和38年)、円谷英二監督がたまたまご令息の円谷一君をTBSにおあずけ下さっていた関係から"円谷監督が、テレビをやってみようかとおっしやっている"という話を、円谷プロ、東宝双方からいただきました。
"特撮の円谷"と"東宝"のブランドが二つ一緒に企画書を飾るというのは、当時としては画期的なこと、渡りに船と作業にとりかからせてもらうことになりました」ところが、円谷英二監督は「今回の企画にぜひとも必要」と、オプティカル・プリンターという新兵器をアメリカに発注、付属品も加えると、当時で1億円もする高価な機械が横浜港に到着しました。