「氷点」
「『氷点』の人気はいまや"沸点"に達した感があります。・・・『イヤデスワ』『コマリマスワ』ー。
ちかごろ、あちこちのバーでホステスがこんなセリフをのたまうそうです。
もちろん、テレビで爆発的人気を見せているご存じ『氷点』で、新珠三千代さんふんする主人公夏枝がよく口にする言葉だ」
と、昭和41年4月に『週刊朝目』は7ページの特集を組んだそうです。
朝日新聞社が、創刊85周年記念行事の一つとして38年に1千万円懸賞小説を募集しました。
「氷点」
「『氷点』の人気はいまや"沸点"に達した感があります。・・・『イヤデスワ』『コマリマスワ』ー。
ちかごろ、あちこちのバーでホステスがこんなセリフをのたまうそうです。
もちろん、テレビで爆発的人気を見せているご存じ『氷点』で、新珠三千代さんふんする主人公夏枝がよく口にする言葉だ」
と、昭和41年4月に『週刊朝目』は7ページの特集を組んだそうです。
朝日新聞社が、創刊85周年記念行事の一つとして38年に1千万円懸賞小説を募集しました。
「ウルトラシリーズ」
第3シリーズ「キャプテン・ウルトラ」(24回)だけは東映製作、あとはすべて円谷プロ製作であり、第4シリーズ「ウルトラセブン」(42年10月1日―43年9月8日、49回)から2年半休んで「帰ってきたウルトラマン」(51回)、「ウルトラマンエース」(52回)、「ウルトラマンタロウ」(53回)、「ウルトラマンレオ」(51回)と続き、アニメの「ザ・ウルトラマン」(50回、55年3月26日)まで9シリーズとなりました。
第8シリーズまでは、等身大の縫いぐるみに人間が入ったので、5分間と撮影がもたず、俳優からスタントマンに代え、"流汗りんり"の強行撮影を行っていました。
「ウルトラシリーズ」
「M78星雲の宇宙人ウルトラマンが自然界のバランスが崩れたために出てきたさまざまな怪獣を倒して地球を救う話であり、毎回異なった怪獣が出るので、どんな怪獣を創り出すかがポイントとなった」(飯島氏)。
視聴率はまもなく30%を超し、第2シリーズ「ウルトラマン」(41年7月10日―42年4月9日、39回連続)の「小さな英雄」(42年3月放映)は42・8%の最高視聴率をあげました。
「ウルトラシリーズ」
41年1月2日から7月3目まで、27回放送されたが、その前年にTBSから移った実相寺昭雄氏(現・映像作家)は、当時の円谷プロを「なかなか活発で、奔放な雰囲気にみち溢れていました。
大仰に言えば梁山泊か。
出入りする人たちが猛者揃い。
文芸企画の金城哲夫氏を中心に、あの博覧強記の大伴昌司氏、脚本家の佐々木守、山田正弘、市川森一、藤川桂介、上原正三の諸氏。
円谷さんを中心としてテレビ界からは飯島敏宏氏、中川晴之助氏等。
映画畑からは鈴木清順、長谷部安春、藤田敏八、神代辰巳、大和屋竺といった綺羅星のごとき面々。
そこを故郷の土壌としたスタッフに至っては、枚挙にいとまがない程だ」と記録しています。
「ウルトラシリーズ」
すったもんだの末、TBSが引き取り「アンバランス・ゾーン」シリーズが円谷プロのテレビ初仕事となりました。
「"自然界のバランスが崩れたら"という想定の一連の空想物語で毎回完結方式、内容も大人向けで難解なSFの傾向の強いもの、企画担当のぼくは、放送を予定された日曜7時枠を考え、内容も題名も不満であった。
内容では円谷プロが世界に誇る技術怪獣特撮の登場を主張した。
そして題名は、(東京オリンピックの)日本の金メダル候補種目、バレーボールか体操から流行語になる言葉がとびだしてくるのをひそかに待った」と、岩崎嘉一制作局次長(当時企画課長)は語っていました。
期待通り、体操で"ウルトラC"が連発され、それは流行語となりました。
そこで、「ウルトラ」はそのままいただきクエッションのQを付け、合成語「ウルトラQ」という番組が生まれたそうです。