「ウルトラシリーズ」
「M78星雲の宇宙人ウルトラマンが自然界のバランスが崩れたために出てきたさまざまな怪獣を倒して地球を救う話であり、毎回異なった怪獣が出るので、どんな怪獣を創り出すかがポイントとなった」(飯島氏)。
視聴率はまもなく30%を超し、第2シリーズ「ウルトラマン」(41年7月10日―42年4月9日、39回連続)の「小さな英雄」(42年3月放映)は42・8%の最高視聴率をあげました。
「ウルトラシリーズ」
「M78星雲の宇宙人ウルトラマンが自然界のバランスが崩れたために出てきたさまざまな怪獣を倒して地球を救う話であり、毎回異なった怪獣が出るので、どんな怪獣を創り出すかがポイントとなった」(飯島氏)。
視聴率はまもなく30%を超し、第2シリーズ「ウルトラマン」(41年7月10日―42年4月9日、39回連続)の「小さな英雄」(42年3月放映)は42・8%の最高視聴率をあげました。
「ウルトラシリーズ」
41年1月2日から7月3目まで、27回放送されたが、その前年にTBSから移った実相寺昭雄氏(現・映像作家)は、当時の円谷プロを「なかなか活発で、奔放な雰囲気にみち溢れていました。
大仰に言えば梁山泊か。
出入りする人たちが猛者揃い。
文芸企画の金城哲夫氏を中心に、あの博覧強記の大伴昌司氏、脚本家の佐々木守、山田正弘、市川森一、藤川桂介、上原正三の諸氏。
円谷さんを中心としてテレビ界からは飯島敏宏氏、中川晴之助氏等。
映画畑からは鈴木清順、長谷部安春、藤田敏八、神代辰巳、大和屋竺といった綺羅星のごとき面々。
そこを故郷の土壌としたスタッフに至っては、枚挙にいとまがない程だ」と記録しています。